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ザ・瓦

どうも、またまた参りました。石井です。今日はちょっと長いです。

今日は、3.11で被災した実家で、手伝いをしてきた時の話をしたいと思います。





私の実家は、茨城県北西部の大子町というところです。父はそこで屋根瓦工事業を営んでいます。いわゆる瓦職人ってやつです。





震災時は、停電断水が続いて、道路も破壊された状態でしたが、3.12にはバイトのたかちゃんと二人で、ブルーシートをダンプに積み込んで屋根の応急修理に町を走り回ったそうです。
29164885_1095007331_142large.jpg
 
写真はかなりひどい状態ですが、こんな風に崩れてしまった屋根にブルーシートをかぶせていくんです。これが一カ月間続いたそうです。工賃は無料、ボランティア活動のようなものです。(ブルーシート掛けで二万以上とる業者もいたそうです!いい商売ですねえ)




そして、屋根のシート掛けも落ち着いた四月上旬、常磐線もまともに動き出してきたことから、私は帰省して手伝いをすることにしました。このころになると、父は毎日死にそうな声で電話をしてきました。無理もありません、仕事が500件以上舞い込んでくるんですから。
さあ、常磐線は大丈夫といえど、水戸から実家までの鉄道は復旧がされていませんでしたから・・・・そうです、自転車で実家までの約70kmを走りました。
道路わきには崩れたブロック塀が散乱し、道はでこぼこ、通りの家々にはブルーシートが掛かっています。とくに、水戸周辺の地盤が緩い地域はひどい状態でした。上にあげた写真の家屋も水戸付近の那珂市で撮ったものです。
29164885_1095007285_146large.jpg

これは、水戸市で撮影したマンホールです。地盤が緩んで、地面に90cm近く浮き出ています。電信柱も傾いています。このほかにも、蛇行した堤防などもありました。
ちなみに実家周辺は地盤が強いからほとんどの建造物は無事な状態でした。職人さん曰はく「家も選挙も地盤が大事」。



さて、そんなこんなで実家に着いた私は、屋根の修理を手伝っていくわけです。
地元の大子町から、水戸市や日立市の現場にも行きました。
日立の現場では、津波によって出た残骸の山を目の当たりにして、驚愕。
29164885_1095007126_170large.jpg
まあ、6月にはこれを凌駕するがれきの山を見ることになるのですが・・・・・





二日目には屋根にも上がりました。
とはいえ、基本的に私は素人ですから、屋根には上がらずに下で道具や材料を、運搬機に乗せて屋根にいる職人さんたちに渡したり、いらないものを降ろしたりというのが主です。
ただ、この仕事がかなりしんどい!
屋根の修理には粘土を使います。
29164885_1095007272_86large.jpg
「ハイペット」(通称:ナンバン)と書かれているのがそうなんですが、これが一つ30kg、それを運搬機(通称:あげ機)まで運びます。多いときはこれを20個ほどあげねばなりません。

またあげ機を降ろすと、そこには大量の瓦礫がのっています。それを即座に降ろして、またナンバンや新品の瓦をのせてあげ機をあげます。




これの写真に写っている梯子についているのが「あげ機」です。
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写真には大量の瓦も写っていると思いますが、これは全て一旦屋根から取り外したものです。瓦が不足しているので、再利用できるものは、利用していきます。ただ、中にはこうやって庭先に置いてある瓦を盗んで売りさばく輩もいます。油断なりません。ナンバンだって不足していますから、迂闊に道路沿いなんかには置けません。





で、とくに不足しているのがこの部分の瓦です。
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屋根の頂点である「むね」に使う、のし瓦です。この瓦がないと雨を防ぐことはできません。屋根にとって一番重要な部分です。しかし、揺れのよって真っ先に崩れるのがこの部分なんです。
みなさん家を建てるときは「むね」を高くするのはお勧めしません。かっこいいけど、値段は高くつくし、災害に弱いです。




屋根の上で地震に遭うことも何度かありました。あれは、慣れないうちは怖かったです。
腐った板を踏んだり、瓦礫を踏んで落ちかけることもありました。
でも、一週間もすると慣れてきて、屋根の上で粘土をこねたり瓦を取り付けたりしていました。



仕事は、一日平均2.5件といったところでしょうか。多い日には4件回りました。
朝五時に起きて、七時には出発、一日中働いて夜七時に帰宅。本来なら、こんなペースで修理は進められません。全ては、手伝いに来てくれた古参の職人さんや若手の助っ人さんのおかげです。めまぐるしいスピードで、みんなで連携を取りながら作業をしていきました。
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まさに、精鋭部隊って感じ・・・・・・ではないですね(笑)




みんな仲がいい、そして個性的な、楽しい現場でした。
ここで一人一人の紹介を書きたいくらいです。

記念写真も撮りました。
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本当に素晴らしい仲間です。

ただ、四月の第三週ごろからはみんなの生活も通常のリズムに戻り、人手ががくんと減ってしまいました。
今は、父一人で修理にあたる日がほとんどと聞いています。



地震で一気に仕事が増えました。でも、それは修理の仕事がある今だけです。地震をきっかけに、瓦で家を建てる人がいなくなる日が来ます。
その日まで、父は働くと言っています。





地震からの復旧は、茨城ですらまだなされていません。「全てが回復するには、5年かかる」と言っている職人さんもいました。政府じゃあどうにもできないレベルです。末端の目立たないところでがんばるのは、民間人しかいません。

茨城でこれだけの時間がかかるんです。宮城では、岩手では・・・考えると気が遠くなります。
福島では・・・・・ゾッとします。
明るいニュースがある中、見えないところで苦しんでいる人たちはいくらでもいます。
それは、ほんの少しの協力でどうにかなるものかも、どうにもならないものかもわかりませんが、私たちにできることはきっとあります。


現場で修理を終えた時、年老いた旦那さんに言われました。「若い人が来てくれて頼もしかった。ありがとうね。」
嬉しかったです。涙が出ました。本当です。
若い人間が、動く。それだけでも意味があると思います。




では、またどこかでお会いしましょう!
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